国家プロジェクトをやめてみる(2)日本という「大組織」

前回、「ウェブ時代をゆく」で梅田さんが提案する「何か大切なものをやめてみる」を国家プロジェクトに適用し、企業側から国家プロジェクトの受託をやめてみることを提案してみた。国側については、

官の側にも少し申し上げたい。

  • 研究的なものは、民間企業に対しても科研費のような自由公募型にすべき。
  • とくに基礎技術に対して、産学の垣根を取り払って公募・助成すべき。
  • 一方、産業応用までは官主導でやるべきではない。ビジネスチャンスは企業が自分で切り開くべき。

として、これは民間企業がやめてみるより大変だと述べた。実際、これは省庁の現場レベルでできる話ではなく、省をまたがった改革が必要になる。

自分は今まで産と学の中の人になったことはあるが、官の内情については知っているわけではない。やめてみるメソッドを適用する前に、まずは資料をもとに現状認識をしてみたい。

まず経産省の情報通信関連に話を絞って、公開されている資料からその構造を見ていこう。経済産業省商務情報政策局による平成19年度情報政策の概要によれば経済産業省平成19年度情報関連予算の中心に「IT革新を支える産業・基盤の強化(279.1億円)」があり、その中に

  • 技術開発(ハード・ソフトウェア) 179.6億円
  • 情報大航海プロジェクト 45.7億円
  • セキュア・プラットフォームプロジェクト 9.9億円

などが含まれている。このうち、「技術開発」はいくつかの項目に分かれており、予算規模的には半導体関連が大きい。この「技術開発」のほとんどは独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に一旦交付され、NEDOが委託先を公募・選定する*1NEDOとは、歴史的にはオイルショック後の石油代替エネルギーの開発を推進するために設立された期間であり、その後産業技術全般の研究開発が業務に加わった。研究開発設備は保有せず、委託によって開発を推進する。つまり、公的研究資金の配分機関である。

NEDO平成19年度予算*2を見てみると、研究開発関連業務の予算は

(1)提案公募事業(大学若手研究者等への研究助成)〈59億円〉(18年度実績535件)
(2)中長期・ハイリスクの研究開発事業(ナショナルプロジェクト)〈1253億円:131プロジェクト〉
(3)企業の実用化開発の支援〈168億円〉(18年度実績421件)

に分類される。この(2)が、いわゆる国家プロジェクト(の一部)である。

ではこの研究開発事業がどこに委託されるか。公募情報にある公募結果をみると、「財団法人」「技術研究組合」の○○開発機構という委託先に気がつくと思う。これらの機構は、複数の企業が共同してプロジェクトを円滑に行うために作られた組織である。たとえば、技術研究組合 超先端電子技術開発機構(ASET)*3は、半導体関連中心に国家プロジェクトを受託する組織である。事業費のほとんどがNEDOからの委託で成り立っており*4、エレクトロニクス系の企業37社が参加している。37社には主要企業のほとんどが入っているのではないか。

プロジェクトが大規模で複数年にわたるものになると、こういう組織がなければ立ち行かないのは理解できるが、主要企業のほとんどが参加した組合が委託先だといわれると、公募といってもそんなに大きな競争にはならないよなあと感じてしまう。まあ、これをもって「談合」だといわれると、たぶん当事者は心外だろう。確かに、狭い意味での談合である、入札価格を吊り上げるための工作とは異なる。これ以外の体制でやることは困難である、とその必然性を説くであろうし、それは与えられた前提条件の下では合理的な判断かもしれない。だが、その前提条件がそもそも問題なのではないか。

つまり、プロジェクトの委託単位がが大きすぎる、あるいは企業単位が事業に比べて小さすぎるのが問題なのではないか。

まず第一に、委託単位をもっと小さくできないのか。大規模プロジェクトといっても、それを受託した技術研究組合の中で分担は細分化され、結局は各企業や研究機関が個別研究をすることも多いと思う。ならば、その細分化されたものを公募すればまだ競争も起こるというものだ。もちろん、どうやってプロジェクトのテーマを企業の身の丈サイズまで細分化するのかという問題が残る。そもそも官の側でそんなに細かいところまで決めるべきではないと自分も思う。

であればこそ、プロジェクト型ではなく、提案型の自由公募にすべきじゃないか。そうすればより競争的になるし、マッチングファンドとして企業側も出資するようにすれば、企業も本当に自分に必要なものを考え抜いて提案するだろう。これでもまだ主要企業全部が協調するようなことがあれば、それこそ談合と言われても仕方ない。

第二に、本質的に細分化できない統合的な大規模プロジェクトもあるんじゃないか、という反論に対しては、そんなプロジェクトはやめるべきと答えたい。

すくなくともソフトウェアに関しては、大規模プロジェクトによる研究開発が成り立たないのは歴史的にほぼ明らかだろう。何か本当に使えるものを新しく生み出そうとするならば、少人数で始めるべきだ。

でも半導体の場合は違うと言うかもしれない。本質的に大きな投資が必要で、細分化できないのかもしれない。そうであるならば、これは逆に「企業単位が事業に比べて小さすぎる」ということではないか。各社が淘汰されずに細かく市場を分け合っているから大きな投資ができないことがそもそもの問題なのでは、ということだ。日本の半導体産業も近年はいろいろ統合がすすんでいるが、それをこれまで遅らせてきた原因に国の政策があったのではないか。本来は、ある事業ドメインの市場拡大・成熟化に伴って企業のほうも自然と巨大化するべきところを、国家プロジェクトによって淘汰を阻害してしまったとすれば、経産省が日本の企業の国際競争力を高めようとしてやったことは、結局は国際競争力の低下に影響したことになる。

国がやるべきことは、大きな市場がすでにある分野の継続的な大規模投資ではなく、まだ市場が確立されていないような、もっと新しい産業の芽になるような分野について、探索的で基礎的な研究開発を促進するべきではないのか。


最後に、ASETの研究開発実施体制の図を見ていただきたい。このASETの下に37社がぶら下がっている図を想像してほしい。交付・委託・再委託というネットワーク図を見ると、ITゼネコンの下請け構造を思い出す人も多いのではないか。最近のブログでは、大手IT企業を頂点としたゼネコン型の「大組織」の問題をよく目にする。だが実際は問題はそれどころではない。日本全体が官を頂点とした大組織になっているのだ。この体制図は研究開発という一面ではあるが、そのことを象徴しているように思われる。

ウェブ時代をゆく」では、大組織か小組織か、自分はどちらに向いているかという議論があるが、そういう問題以前なのである。日本全体がひとつの大組織となっている中で、どれだけの人がそれを拒否して生きていけるだろうか。

官僚は与えられた条件下でベストを尽くすしかない。変えなければならないのはその前提条件の部分であろう。今の状況がこのまま変わらないとすれば、それは官僚の怠慢ではなく政治の怠慢、つまりはわれわれ国民の怠慢なのだと思う。梅田さんのオプティミズムを一服の清涼剤とし、池田さんの毒舌をガス抜きにして、それで何もしなければ事態は何も変わらないかもしれない。

*1:一方、情報大航海プロジェクトやセキュア・プラットフォームプロジェクトは経済産業省が直接委託を行う「直営」プロジェクトである。

*2:官の資料はPDFばっかりでウェブで引用しにくい…。

*3:なんですぐに「超」をつけるのだろうか…。「超先端」って?「超」と「次世代」をつかったら負け、とするといいんじゃないかといつも思う。

*4:NEDO経由以外にも、上記のセキュア・プラットフォームプロジェクトを直接受託している。