情報系学会がなぜドメスティックになりがちか

先のエントリーには自分の予想を超える反応をいただいた。頭の中では「情報系」の若手を特に想定して書いていたのだが、文章ではそこがちょっとわかりにくかったことを反省している。日本語圏引きこもり問題は、学問の分野によってずいぶん状況が異なると思う。

反省を込めて、情報系の分野が、自然科学系に比べてなぜドメスティックになりがちか(日本語圏内に引きこもりがちか)、考えをまとめてみたい。


情報系がドメスティックになりがちな理由を端的に言えば、研究の「価値」がコンテクスト依存だからだと思う*1。数学との大きな違いは、実世界において意味のある計算をしなければ、価値のある研究とみなされにくいことである。しかし、どんなものに価値があるかは、文化や国の背景によっても異なる。*2

そういった背景を抜きに、「こんなアルゴリズムを作りました。走らせたら早いです。」というだけでは、論文としてあまり評価されない。

そんなわけで、情報系では実験結果や証明を提示する以前に、問題意識を共有するところから始めなければならない。IntroductionとProblem statementが超重要。しかし、文化的背景も異なり、しかも英語でのプレゼンテーションがあまり得意でないとなると、これが結構大変なのだ。

コンテクストを共有した仲間内であれば、話が早い。日本語論文なら、「近年、○○がさけばれている」と枕詞のようなイントロを書けば、みなまで言わずともわかってくれる。しかし残念ながら、それをそのまま英語に訳すとよくわからない論文になってしまう。そんなわけで、日本語圏に安住してしまいがちなのだと思う。「とりあえず日本語で書いて、さらに余力があれば英語の論文に発展させよう→余力がなくて力尽きる」みたいなことが繰り返されていないだろうか。

また、情報系の学会がこれほど乱立しているのも、同じ原因から来ていると思う。その人の背景が数学だったり電気だったり制御だったり機械だったり、お互いに価値観を共有できず派閥を作っているという面も否めないだろう。そしてその割には中の人は結構オーバラップしていて、一人当たりの仕事が増えるわけである。


日本にいたころ、ユーザーインターフェース系のある研究会に毎年参加していた。この研究会は、参加者には大変好評で、研究コミュニティのひとつの核となっていた。コミュニティ内では「国際学会のCHIやUISTよりずっと面白いし、レベルも高い」とも評されていた。研究会自体は実際に刺激的で、参加者も面白い人ばかりなのだが、年を経るにつれだんだん違和感を持つようになった。「そんなに面白いのなら、何で国際学会で発表しないのだろう…」

ユーザインターフェース系はコンテクストを超えた価値観の共有が最も難しい分野だとは思う。そのために若い研究者のアイデアが日の目を見ないのであれば残念である。だから、互いにコンテクストを共有する仲間内で萌芽的な研究を守り育てていくためにも、ローカルな「研究会」を日本語で開くのには意味があると考えている。

でも問題はそれで満足してしまっていることだ。

ユーザインターフェース系は端的な例だが、他にもデータベース系など、国内のコミュニティが活発な割に外に見えない情報系の分野はいろいろある。もし自分が「おもしろい。意味がある」と思うのであれば、それをもっと日本の外にもアピールすべきだと思う。難しいのは承知だが、がんばってほしい(自分もがんばります)。アピールさえちゃんとできれば、日本という特殊なコンテクストでの問題意識は弱みから強みに変わるんじゃないか。そう期待している*3

*1:また、ご指摘のように日本の「論文数至上主義」も影響を与えていると思う。まだ自分が日本にいたころ、情報処理学会の研究会論文誌の設立の話があった。その当時、「情報系は論文の数が出にくいので教員採用に不利に働いている。だから研究会でもっと多くの論文を拾い上げることに意義があるのだ」といった趣旨をある先生が言っていたように記憶している。

*2:なお、コンテクストは時代によっても異なるので、理論的には30年前に解かれたような研究が今またリバイバルしたりする。例えば「一般解はNP完全と70年代に証明されたが、今実社会で問題になっているこの特殊例については多項式オーダのアルゴリズムが存在する、あるいは有効なヒューリスティックを見つけた」、といった具合。数年前まではその「特殊例」が実社会的に意味を成さなかったのでナンセンスだった話が、新しい研究として成り立つわけである。

*3:逆に、自分の問題意識を捨て去って、ただ国際学会の論文を通すのにチューニングするのは本末転倒であり、おすすめできない。実際、査読者に文句はつけられにくいが、面白みのない論文を書くテクニックは存在すると思う。自分もそういう罠に陥らないよう、気をつけたいと思っている。